当ブログをご訪問くださいましてありがとうございます。誠に勝手ながら今後、記事をnoteに移行すべく、書き直しなどの準備を進めております。またそれに伴いまして一部の記事について公開を休止いたしましたので何卒ご理解願います。
国見町の高規格救急車研究開発は架空事業だったのか?

リース事業頓挫で一転「無償譲渡」へ
「疑惑の救急車」で揺れる福島県国見町。企業版ふるさと納税による寄付金約4億3200万円を原資に町がリース事業を展開する予定だった〝高規格救急車〟12台は、計画の頓挫で一転、希望する自治体などに無償で譲渡されることになりました。
地元の福島県伊達地方消防本部には、このうち2台が寄贈されました。引渡式の様子を報じたKFB福島放送は、「行き場を失くした救急車」と皮肉をこめた表現で、この寄贈が単なる美談ではないことを伝えています。
一方、岩手県遠野消防本部には先月、国見町から〝高規格救急車〟1台が寄贈されました。取材した地元のケーブル局・遠野テレビは、管内での救急件数が2011年以降、毎年1,000件を超える状況にあるとして、新たな救急車の活躍に期待が寄せられる事情を伝えました。
百条委の証人喚問が終了
こうしたなか、国見町では先月下旬、町議会が立ち上げた百条委員会による関係者への証人喚問が終了しました。
百条委員会とは、地方自治法 100条によって規定された調査特別委員会の通称で、引地真町長が第三者委員会に託した町主導の調査とは別に、議会主導で設置されたものです。
百条委員会の調査範囲はあくまでも「自治体の事務」に限られるものの、関係者に出頭や証言を求めたり、記録の提出などを請求できるうえ、相手が正当な理由なしに拒めば、禁錮または罰金に処すこともできる「強い権限」を与えられています。
国見町の問題が明るみに出て以降、私もこのブログを通じてたびたび百条委員会の設置を求めてきましたが、いざ委員会が立ち上がったあとは、その動向を静観するだけに留めていました。たとえ取るに足らないこのようなブログでも、専門家でない私が委員会の調査中に予断を挟むべきではないと考えたからです。
期待以上だった百条委
これはあくまでも報道を見たり地元の方から聞いたりした印象ですが、国見町の百条委員会は期待以上の力を発揮したのではないでしょうか。去年11月から今年3月までの間に10人への証人喚問を行い、ほかに5人を参考人招致、さらに3人に聞き取りを実施。その結果、計18人から「証言」を得たのは大きな実績です。
この中には2度に渡って証人喚問が実施された引地町長や、受託者のワンテーブル前社長の発言も含まれるほか、企業版ふるさと納税をめぐる背景や仕様書が作成された経緯なども述べられています。
新事実が次々明るみに
一連の調査によって新たに明らかになった事実も少なくありません。例えば、企業版ふるさと納税の根拠となる「国見町地域再生計画」には「救急車事業」の記載がなく、その計画策定に携わった当事者が「救急車開発を想定していなかった」と認めたこと。
町が救急車の製造にあたって「新たに開発した」と主張する設備が実は既成品で、救急車を製造したベルリングの前社長も「ベース車両にこれまであったものを設置しただけ」とする、つまりは「開発」そのものがなかったと受け取れる証言をしたこと。
さらに国見町の職員が、交流サイト(SNS)を通じて、プロポーザル公募に関する「決裁前の文書」などをワンテーブル側に見せていたこと、などなど、挙げればきりがないほどです。
百条委の判断はいかに
調査の過程で、「高規格救急車研究開発事業」と題された予算約4億3200万円の一大事業が、実態は「高規格」すら怪しく「研究開発」などしていなかった「架空の事業」だった可能性も浮上したわけで、6月までに報告書をまとめるとしている百条委員会の今後の判断が注目されます。
一方、証人喚問で町職員と業者側とのやりとりについて「承知していない」「持ち帰って精査する」と述べた引地町長は、約半年後に自身の任期満了を控え、次の町長選挙が迫っています。
今後、町側が調査を託した第三者委員会からも報告書が示されるものと思いますが、いったいどのような結論になるのか。さすがに、万が一にも、引地町長にとって「お手盛り」の報告書にはならないと思うのですが、果たして。
国見町の救急車 すべての絵はワンテーブルが描いた? もしそうなら何のため?

今年2月に河北新報が福島県国見町の「疑惑の救急車」問題を取り上げてから間もなく1年。企業版ふるさと納税による約4億3200万円の寄付金で製造した救急車12台をめぐるさまざまな疑念は、このまま雪に埋もれて年を越しそうな見通しです。百条委員会の調査が大詰めを迎える年明けに備え、一連の出来事を整理しました。
隠し録り?社長音声の破壊力
事態が大きく動いたのは今年3月のこと。国見町から官民連携事業の事務局を委託されていた防災関連企業・ワンテーブル(多賀城市)の社長(当時)が「超絶いいマネーロンダリング」などの不適切な発言をしたとして、河北新報が音声データを公開しました。これが隠し録りされたものかどうかは不明ですが、町は事実確認をしたうえで「信頼関係が崩れた」としてワンテーブルとの契約を解除。全国的にも奇妙な、失礼、珍しい「高規格救急車リース事業」はとん挫しました。
翌4月、町は住民説明会を開き、引地町長が自ら説明に立って火消しにまわりましたが、むしろ事業契約に関する不自然さが際立つばかり。6月には弁護士などで構成する第三者委員会が設置され調査に乗り出したものの、9月には委員3人のうち2人が辞任する異例の事態となり、町は新たな委員の補充を迫られました。町の事業や財務を精査する監査委員からも、町長以下、執行部に対して前代未聞ともいえる厳しい意見が出されるなど、町は現在も混迷のトンネルを掘り続けています。
百条委設置で報道が急増
こうしたなか、今まで静観気味だった河北新報以外の報道各社も、10月に町議会が百条委員会を立ち上げるとようやく本腰を入れ始めました。各紙、各局とも詳しいニュースを報じるようになり、国見町に対する福島県民の関心は高まるばかりです。
百条委員会は、地方自治法第100条の調査権に基づき議会が設置するもので、通常の調査委員会とは異なり、強制力、すなわち罰則規定が設けられています。出頭の要請や記録の提出などを求められた関係者はこれを拒むと禁錮や罰金に処せられる恐れがあり、処罰を回避するために重大な秘密が明かされることも少なくありません。報道機関が本腰を入れた背景には、こうした事情もあると思われます。

ポイントは「仕様書」
なかでも、もっとも注目が集まっているのが救急車の「仕様書」です。町が事業者の選定に使う仕様書を作成するにあたり、ワンテーブルの業務提携先・ベルリングが有利になるよう、町が何らかの便宜を図ったのではないかと思われる不自然な点が見られるからです。もし万が一、そのような出来レースだったとすれば「官製談合」事件に発展する恐れもあり、この調査には相応の時間が割かれることでしょう。私も実際の仕様書を入手しましたが、確かにベルリングの「C-CABIN」という救急車に共通する部分が多く、もし他社が応募しようとしても対応できなかったのではないかと思いました。
この事業は国見町が公募したプロポーザルに、町の「官民共創コンソーシアム」の事務局でもあるワンテーブル1社だけが応じた形になっていて、そもそもの事業構想もワンテーブルが関わっていたと言われています。河北新報によれば、町がコンソーシアムを立ち上げる直前の去年2月には、ワンテーブルがベルリングに救急車を発注済みだったとされており、同社が町に寄付が寄せられることを事前に知っていた可能性も浮上します。
当然、百条委員会もこのあたりの推測は立てているのでしょうし、これらは町執行部とワンテーブルの両当事者に証言・証拠を求めれば簡単に解明できると思われます。百条委にはぜひとも「強い調査権」を発揮していただきたいところです。
寄付元はDMM.com
河北新報は先月、これまで「匿名」とされていた企業版ふるさと納税の寄付企業が「DMM.com」と同社グループ企業であると明かしました。これはもともとあった「寄付企業はベルリングの親会社」であるとの情報からも予測できたものですが、実際にそうわかると、一連の企業版ふるさと納税は「寄付を装ったグループ内での利益の還流」という見方も出てきます。国のガイドラインでは、自治体から寄付企業への経済的な見返りを禁じているものの、「公正なプロセスを経ていれば」自治体から子会社が受注できるらしく、今回のケースが「公正なプロセス」に該当するのかどうかも、百条委が調べる必要があると思われます。
課税回避が狙いかは疑問
さらに、寄付をした企業は法人関係税から「寄付金額の最大9割が税額控除」されるため、これらのふるさと納税は「課税逃れ」を狙ったものだと考えることもできるでしょう。ただし…これは全くの個人的な見解ですが…DMM.comほどの大手企業が、そのような小賢しい真似をする必要があるのだろうかという疑問も残ります。
グループ企業25社全体の売上は3,476億円にものぼるそうで、グループ内での利益の還流はともかく、課税逃れを図ろうとするならリスクの低い方法(合法の範囲)により税負担を軽くすることも可能ではないかと思われるからです。もっとも国税や地方税に関する部分まで国見町の百条委員会が調べられるわけではありませんので、もしどうしても怪しいとなれば相応の捜査機関に委ねるしかないでしょう。
絵を描いたのはワンテーブルか
ところで、河北新報の横山記者が執筆した東洋経済の記事によると、DMM側は寄付に至った経緯について「ワンテーブルから、国見町が企業版ふるさと納税による高規格救急車の大量納品を希望しているとの打診を受けた」と説明したということです。
これがもし事実とすれば「すべての絵を描いたのはワンテーブル」という可能性が高くなり、そうなると「同社の目的がどこにあったのか」が全貌を解くカギになると思われます。官民連携事業であれば受託費の中の正当な利益を得るだけですが、「絵を描いていた」となると、ベルリングから(いま話題の)「キックバック」を受け取っていたのではないかと疑ってしまいます。あり得ないとは思いますが、受託費とキックバックの二重取りです。
いずれにしても、寄付金とはいえ町の予算(基金)に組み込まれた公金ですから、百条委員会はもちろん、引地町長はじめ国見町執行部には一点の曇りも残らぬよう、全力での解明・説明が必要だと思われます。
空き地で済むようなものにスカイツリー並みの予算を投じられるほど富める県みやぎ
東京スカイツリー並みの建設費

11月22日の河北新報によると、当初295億円とされた宮城県広域防災拠点の総事業費は、増額に増額を重ねるマシマシ状態となり、ついに4割強増しの422億円まで膨らむ見込みとのこと。おもな財源には国の交付金などが充てられるものの、県の持ち出し分も増えるとみられ、11月27日の会見で村井知事は、これまでの153億円から204億円に県の負担が増える見通しを明らかにしたそうです。※1
この事業、これまでに工期も再三延長されて、2020年度だった完成予定は32年度に。もはや宮城県民は、大阪・関西万博の「350億円リング」を無駄遣いなどと批判できなくなりました。いや、万博なら入場料などの収入があり、地域経済への波及効果も期待できますが、こちらは将来にわたって維持管理費がかさむだけの「夢も希望もない」未来となる恐れすらあります。
もっともだからといって私は、宮城に広域防災拠点が不要だと言っているわけではありません。むしろ一日も早く整備すべきと思っています。なぜなら明日どんな災害が起きるかもわからないからです。ただ、そこに422億円という東京スカイツリー(本体建設費約400億円)並みの莫大なコストや、着手から20年という気の遠くなる期間を要するのがおかしい、愚策だと、言いたいだけです。
広い空き地で済むものが一大事業に
そもそも、広域防災拠点とはどのようなものでしょう。じつは明確な法的根拠や定義は無いそうですが、役割としては、災害が発生した際に県内外からの救援隊や支援物資の受け入れ、集積、分配などを広域的に行う拠点とされています。
小泉政権当時の2001年に国が都市再生プロジェクトの一環として基幹的防災拠点の考えを示し、03年には消防庁が広域防災拠点のあり方に関する報告書をまとめました。これらが広域防災拠点を考えるうえでのロールモデルになったと言われています。
いわゆる避難施設やシェルターなどとは異なるもので、ざっくり言うと、広い空き地と保管倉庫、それに駐車場やヘリポートなどがあれば十分です。基本的には大掛かりなハコモノは必要ありません。

つまり、平時には憩いの公園として、災害時には救援・支援の基地として機能する「広大な空き地」さえあれば、広域防災拠点は成立するともいえるのです。では、なぜそのような広い空き地で済むようなものに、宮城県は422億円というケタはずれな予算と約20年もの事業期間を投じる必要があるのでしょうか。
リスク無視の用地選定と玉突き工事
そのカギとなるのが広域防災拠点の「用地選定」と「玉突き工事」です。宮城県は震災から2年後の2013年に検討会議を立ち上げ、仙台市宮城野区宮城野にある「JR仙台貨物ターミナル」を別の場所に移してもらい、その跡地17ヘクタールを整備用地として取得する方針を決めました。
流れとしては、まず移転先の土地を造成し→貨物ターミナルをそちらへ移転させ→その跡地に広域防災拠点を整備する…という、いわゆる「玉突き工事」です。そして2014年には早々と、県とJR貨物の間で138億円の土地の売買契約が結ばれました。※2

一方、貨物ターミナルの移転先に選ばれたのは、現在の場所から約5km離れた宮城野区岩切にある広大な農地です。近くにはJR貨物の仙台総合鉄道部もある、いわばJR側にとって好適地といえる場所ですが、農地だけに地盤が緩く、水がたまりやすいなどの問題があります。そのため造成には、地盤改良や水ハケ対策などが必要となり、当初の計画とずれが生じることになりました。
移転先の造成工事が延びるということは、そのまま移転の遅れにつながり、移転が進まないかぎり当然ながら広域防災拠点の本格工事も始まらないので、防災拠点の完成時期が遅れます。そこへさらに世界情勢などの影響で、工事に関する人件費や資材価格の高騰が重なりました。
貨物ターミナルの移転が、土地収用法上の「公共補償」に該当することも予算が膨らむ一因となっています。一般的な民有地の取得であれば、県は土地代など相手側の損失分を補償するだけですが、今回は公共施設の移転となるため、県は従来の貨物ターミナルの機能を回復する責務を負わされます。それにより、JR側の自己負担分とは別に、県の負担が発生し、仮にその費用が膨らめば、県の費用負担も増えるのです。
増額分の大半はJR貨物のために
こうして、当初の見込みより増額となる127億円のうち116億円が、広域防災拠点とは実質無関係の、JR貨物という「一民間企業のために」使われることになりました。言うまでもなく、138億円で契約した宮城野の「土地代とは別に」です。もちろんそれが法律で決まっていると言われれば、そうなのかもしれません。
しかし、こうなるリスクは土地の売買契約以前に十分想定できたはずで、はじめから公共施設ではなく民有地を選んでさえいれば、必要のなかった負担です。さらに言うなら、玉突き工事を考慮しなくていい土地を選んでおけば、工期が延びるリスクも軽減できました。こうしたリスクを無視して立てられた事業計画に、そもそもの甘さがあったということです。
問われる「規模」の妥当性
震災後、今回のように予算が膨らんだり完成が遅れるケースは、各地の復旧・復興工事でもたびたび起きました。ただ当時は復興事業が一斉に動き出したので「仕方のないこと」と、受け入れなくてはならない背景がありました。そして何よりも、県民の安全・安心を確保するために、一日も早く事業を進める必要に迫られていました。
しかし、広域防災拠点は「なくては困る」ものではなく「あったほうがいい」レベルの施設です。その必要性の低さをまさに現在の状況が裏付けているわけで、「着手から20年かかろうと、のんびり造ればいいや」という県の姿勢に表れています。
加えて宮城野という土地は「長町−利府断層帯」という活断層に近い問題も抱えています。万が一の場合には液状化の恐れがあることから、県議会でも早くから疑問の声がありました。また、近隣の道路整備も追いついておらず、何よりここまで広大な規模が必要なのかどうか、その妥当性については疑問が残ります。同じ震災被災地である、お隣の岩手県を見ると、その疑問はますます色濃くなります。
岩手の予算は宮城の1/100以下

岩手県は広域防災拠点について、「何よりも早期に防災体制を確立する必要がある」としたうえで、「必要最小限のコスト」にこだわり、「県内にある既存施設の活用」を前提としました。
そのうえで、達増知事は安倍総理に提出した要望書に「備蓄倉庫や通信設備など新たな施設や設備の整備も必要」として「全体事業費として1~3億円程度と試算」と記しています。同じ広域防災拠点でありながら、宮城県の事業予算の100分の1以下です。
その結果、岩手県は県内5つのエリアに、公園や体育館、工場などを活用した29施設を分散で整備し、既に運用を始めています。年間維持費は、備蓄食料の補充や更新などが中心で、全体でも2千万円程度に収まっており、今後は沿岸部にも整備する方針です。
「富」よりも「希望」に感じる誠
国の金だから遠慮なく使って時間がかかろうと大掛かりなものを造ろうとするのか、公金の負担を少しでも減らし一日も早く県民の安全・安心を確保しようとするのか。立場によって受け止め方は違うのかもしれませんが、私は後者に正義を感じます。ましてやそれが、復興特別税など国民に負担を強いて得られた浄財であるならばなお、感謝を込めてつつましく使うのが、被災地に生きる人間の矜持だと思います。
「富県みやぎ」のトップと、「希望郷いわて」のトップの哲学の差かもしれませんが、広域防災拠点に関しては、私は「富」よりも「希望」に誠があると感じています。
パブリックコメントを実施中
宮城県は、広域防災拠点の整備が採択から10年を過ぎてなお継続となることから11月22日、行政評価委員会に事業継続の妥当性を諮問しました。またこれに合わせて、県民から意見を募る「パブリックコメント」が12月21日まで実施されていて、県のウェブサイトから書き込めます。
ちなみに、県が公表している令和5年度の公共事業再評価調書では、広域防災拠点の費用対効果に関する評価が、なぜかB/C1.73→2.63にハネ上がっています。当然、なにか根拠があってのことなのでしょうし、内輪のお手盛りではないと信じていますが、行政評価委員会にはくれぐれも公正な判断をお願いしたいと思います。
(※1 …11/27 情報が更新されたので一部追記しました)
(※2…2023年4月27日 第211国会 東日本大震災復興特別委員会より)
村井知事は暴走列車?高まる「4病院再編」への批判 国の方針を選挙公約にした不思議

「移転ができなければ辞職する」
このところ、報道から伝わる宮城県の村井嘉浩知事の振る舞いが、やや荒れているように思われます。県が主導する仙台医療圏の4病院再編構想の進捗に遅れが目立つせいかもしれません。
先月31日には、県精神保健福祉審議会の会合に村井さんが乗り込み、名取市の県立精神医療センターを富谷市に移転させる代わりに、民間の精神科病院を誘致する考えを打ち出しました。しかしその場にいた委員からは異論が噴出したということです。
河北新報によると、「村井知事は『まずやらせてほしい。だめなら別の手を考えるが、結果として(移転が)できなければ、白旗を揚げて知事を辞職する』と迫ったが、委員の1人は『知事の進退は関係ない』と鼻白んだ」とのこと。さらに村井知事は、「『どのような意見が出ても私の考えに変わりはない。私を止めることができるのは県議会だけだ』」と、態度を硬化させたとしています。
「だめなら辞める」「いやならクビにしてくれ」 村井さんは前々からよくこうした言葉を使います。このように覚悟を示すことは政治家同士の交渉なら有効なのかもしれませんが、今回の相手は精神科医療や福祉の現場に詳しい専門家たちです。勢いに任せたような発言はむしろ空疎に響き、不信感を抱かせた可能性さえあります。
選挙公約にした4病院再編構想
名取市の県立精神医療センターと青葉区にある東北労災病院を富谷市明石台に移転・合築(併設)し、名取市の県立がんセンターと太白区にある仙台赤十字病院を一つに統合して、名取市植松に新たな病院として設置しようとする4病院再編構想。
村井さんが2年前の知事選で5期目の選挙公約に掲げたことで、4病院再編構想は広く県民に知れ渡りました。知事選では構想に反対する新人候補を圧勝で下しましたが、その後の進展では村井さんが苦戦を強いられている形です。

再編の対象となった医療機関の地元では、詳しい説明も無しに構想が立てられたことに批判の声が止みません。住民や患者、病院職員などの団体は県に計画の白紙撤回を求め、仙台市の郡和子市長も知事の強引ともいえる姿勢に首を傾げています。
「精神医療への無理解」
とくに厳しい声が寄せられているのが、県立精神医療センターの富谷市への移転案です。センターと、周辺のクリニックやグループホーム、就労支援施設などが長い時間をかけて築き上げてきた「地域包括ケア」の基盤が、移転によって崩壊する恐れがあるからです。地域で支えてきた患者の生活が成り立たなくなるかもしれません。
民間の精神科病院で構成する県精神科病院協会は、「県が精神科医療の実情についてあまりにも無理解」だと批判したうえで、県立精神医療センターは名取市内に建て替え、新たな精神科病院は富谷市に誘致すべきとしています。詳細をみると、こちらのほうが現実的なプランに感じるのは私だけではないと思いますが、県はかたくなに提案の受け入れを拒んでいるようです。
地域医療構想と公立病院の経営強化
それにしてもなぜ村井さんは、4病院再編を選挙公約にしたのでしょう。ひょっとして何か自分の手柄にできそうな匂いを感じ取ったのでしょうか。私はこの問題がここまでこじれてしまったのは、国の方針を村井さんが独自の案のように選挙公約にしたことにも一因があると思っています。
4病院再編構想の下敷きとなっているのは、国の「地域医療構想」です。地域医療構想とは、厚生労働省が全国の都道府県に対し、少子高齢・人口減少などが深刻となる2040年の医療需要を見据え、医療施設の適正配置を促しているもので、実施のタイムリミットは再来年とされています。
ただし、精神科病床や感染症病床などは地域医療構想に含まれておらず、県立精神医療センターは対象外となります。

一方、総務省が進める「持続可能な公立病院経営の強化プラン」では、公立病院の独立行政法人化(職員の非公務員化)や、指定管理者制度の導入(運営の外部委託)などを含めた新たな経営方針を今年度中に策定するよう求めていて、こちらは県立である精神医療センターも対象に含まれます。
いずれも達成に向けた基金や、財政支援、財政措置など国のインセンティブが用意されているので、老朽化が著しい病院の建て替えを進めるには絶好の機会と言えるかもしれません。
公約実現の責任と県民への説明責任
これは想像ですが、「地域医療構想」と「公立病院経営の強化プラン」という国の2つの枠組みを同時期に利用すれば、県や各病院の負担を抑えつつ、4つの病院を2つの市に再配置できると考えたとしてもおかしくありません。
そのうえ再編されるのは県立と労災、赤十字という、それぞれ全く経営母体の異なる、しかも規模の大きな病院です。これなら確かに独自性もありますし、選挙公約としたうえで実現できれば対外的なインパクトも大きいでしょう。
とはいえ、県立精神医療センターは地域医療構想に含まれないため、東北労災病院とは統合できず、あくまでも併設となり、病院設置者が別々の状態でどの程度の再編効果が見込まれるのかは未知数です。
それでももし、村井さんが最初から県民への説明責任を果たそうと細かい努力を積み重ねていたなら、現在のような混乱は避けられたのかもしれません。しかしそれを選挙公約にしたことで、国から示された期限に加え自身5期目の任期も重なり、村井さんとしては引くに引けない状況にあるのかと思います。
村井知事はどこを向いているのか
私は村井さんは優秀な知事だと感じていますし、人柄の良さも知っています。震災後の宮城県の復興が順調に進んだのも村井さんだからこそできたことだと思っています。
ところが、水道民営化と騒がれたコンセッションや、県美術館の移転騒動、さらにはサン・ファン号の解体、宿泊税の検討など、ここ数年の村井県政には納得できない部分も少なくありません。それが政府の要請なのか、あるいはコンサルの入れ知恵なのかは分かりませんが、村井さんはいったいどこを向いているのでしょうか。
歩を緩め立ち止まる姿勢を
「村井知事は宮城出身じゃないからだめだ」「このままでは宮城を売られてしまう」「全国初と付けば何でも手を挙げる」「ブレーキの壊れた暴走列車みたいだ」などなど、私が気づいただけでも村井さんへの厳しい批判を声に出す人は増えてきたように思われます。
村井さん、このあたりで一度、歩を緩めてみてはいかがですか。ほんのひととき立ち止まり、県民とひざを突き合わせ、丁寧な説明を試みるためです。それは決して無駄な時間ではなく、まして今からでも遅くはないと私は思います。
※9/16「地域医療構想と公立病院の経営強化」以下の内容を加筆しました。
国見町×ワンテーブル=「疑惑の救急車12台」 町側のずさんな事業計画に監査委員が激おこ!

監査委員が異例の批判
人口8000人の福島県国見町が、企業版ふるさと納税で寄付された約4億3200万円を原資に高規格救急車12台を研究開発し、全国にリース事業を展開しようとして頓挫した、いわゆる「疑惑の救急車」問題について、町の監査委員が異例ともいえる厳しい表現で町側の事業計画を批判しました。
これは国見町の2022年度各会計決算を審査した監査委員が、A4版10ページあまりの審査意見書の中に示したもので、文書の半分に迫る4ページ約6,000文字を救急車事業への批判に割いています。
ずさんな事業計画
意見書ではまず救急車事業が、4億円を超える事業でありながら、監査委員が町側に説明を求めたところ「事業計画書が作成されていませんでした」と明かし、議会に対する説明も「すべて口頭のみで行った」と、町側のずさんな事業計画を暴露。「説明資料なしで、どのように庁内の意思疎通を図られたのでしょうか。町民へどのように説明したのでしょうか」と、出だしから町側の姿勢を突き放しています。
研究開発方針の矛盾
次に研究開発について、「同じ仕様書で、12台も製造する必要があったのか」と疑問を呈し、「研究開発事業の名称を掲げている以上、」「例えば、A仕様で4台、B仕様で4台、C仕様で4台とすれば、採用枠も広がるし、幅広く意見を求めることができます」と、ていねいに具体例を挙げて町側の研究開発方針の矛盾を指摘。
「1回意見を聞いて、6台作り、1年使用していただいて、さらに2回目の意見を聞いて、6台作れば、1回目より2回目は良いものを作れる可能性があり、より質の高い開発が期待できるのではないか」と、町側の考えが浅いとばかりにたたみ掛けています。
「あまりにも乱暴で無責任」
12台という救急車の台数については、「『寄付の金額及び使途を限定されたことから、12台と決定した』」との町側の説明には納得せず、「金額に合わせて、台数を決める方法は、公金を扱う者として、一番やってはいけない行為の一つ」と厳しく糾弾。
「1台3270万円の高額な車両の製造台数を決めるのに、それを行ったことは、」「あまりにも乱暴で、無責任な方法ではないか」と詰め寄っています。
常識が通じない!
官製談合の疑いがささやかれる仕様書については、「作成の根拠を確認するために、参考資料について」「提出をお願いしたところ、受託者(※ワンテーブル)からの参考資料のみで、」「他の参考資料は処分したということで提出はありませんでした」と、常識が通じないことを示唆。(※は筆者記)
救急車12台のうち2台を「中古車」で納入するよう求めた仕様書の記述にも着目し、「これから『新しく使いやすい救急車を開発製造する』というときに、中古車という発想がどうして出てくるのか理解できない」と、嘆いています。

公平性を欠く「仕様書」
そのうえで、仕様書に示された室内幅の寸法が「受託者から提供された」資料を参考にしていることや、救急車事業が「受託者が事務局をしている国見町官民共創コンソーシアムから提案された事業」であることなどから、「受託者がこの仕様書作成に大きく関与しているのではないか」と推察。「公平性について、欠けているのではないか」と強く批判しています。
完成した救急車のリース事業については、「事前に需要(市場)調査・アンケート調査などを行い、リース事業が成り立つことを確認する必要があった」と、通常ではあり得ない初動ミスに言及。さらに救急車に設置する約1000万円の医療設備は利用者側が負担することに触れ、「リース事業の成立に関わる大きな障害ではないか」と指摘し、「果たして、高規格救急車のリース事業は、適切だったのか」と、根本的な町側の思考に疑問を示しています。
「町執行部の責任は重い」
結論として、企業版ふるさと納税約4億3200万円が「受託者の暴言により、信頼関係を失われたとして、」「無駄に帰してしまったことについては、大変遺憾」と表明。「町執行部の責任については重いものがある」と結んでいます。
監査委員はこの意見書を9月4日に開会した国見町議会9月定例会に提出。これを受け、議会側が今後、調査権限を持つ百条委員会の設置に動くのかどうかが注目されます。また一方、この問題については引地町長から諮問された第三者委員会もすでに調査を進めていて、いずれ示される調査結果の内容と、監査委員の意見との相違にも関心が高まります。
それにしても、監査委員の歯に衣着せぬ厳しい意見はどれも的を射ていて、一読して気持ちがいいほどの内容でした。「声に出して読みたい日本語」という書籍がありますが、こちらはぜひ町長に「声に出して読んでもらいたい意見書」としてお薦めします。
投票率向上にはぜひ「拒否票」の創設を

インセンティブでは上がらない
大学構内に設けられた期日前投票所や、各地をバスで巡回する移動投票所、さらには飲食店と連動した選挙割などなど。投票率向上を図るため全国的に広がるこうした取り組みについて、仙台市議選を控えた市選管が「やらない」としていることを7月7日の河北新報は『消極姿勢際立つ』と朝刊1面で批判しました。
これはあくまでも個人の見解ですが、市選管の判断は正しいと思います。仙台市の場合、投票所は必要にして十分な数が各地に設置され、何より目先のインセンティブで投票率が上がる保証はないからです。だからといって市民が政治や選挙に無関心だとは思いません。投票率が下落傾向を抜け出せないのは、政治に対する「あきらめ」が原因ではないでしょうか。
「拒否票」の創設で選挙が変わる
叱られるのを承知で書きますが、選挙の投票率を上げるには「拒否票」の創設が有効だと思っています。「この人だけは当選させたくない」という候補者にNOを突き付ける拒否票。私が勝手に思いついた造語です。開票の際、得票数から拒否票数を差し引いたものが選挙結果となる仕組みで、落選運動のひとつとも言えます。
現状の選挙制度では、候補者名や政党名(比例の場合)が書かれた票だけが有効票となり、たとえ共感できない候補者や政党ばかりだったとしても、何も書かれていない白票や規定外の票を投じることは最終的に無効票扱いになってしまいます。つまり、いくら抗議のつもりでそのような票を投じたとしても、その思いは投票率に反映されるばかりで選挙結果には微塵も影響しません。
一方で、無効票を投じたのは「わざわざ投票所に出かける手間を惜しまなかった人たち」であり、無関心というよりはむしろ選挙に関心のある層に含まれるとも考えられます。こうした、政治に対する不満など選挙結果に表れない「声なき声」を反映できるような選挙制度に変えられれば、有権者の「あきらめ」にも変化が起きるのではないかと考えます。
「NO」と言える有権者
当選にふさわしいと思う候補者に「〇」を付ける(名前を書く)ことしかできない現状の投票に加えて、ふさわしくないと思う候補者に「✕」を付けられる拒否票も持つことができれば、今まで仮に問題を起こしても組織票に守られてきたような候補者には、有権者のNOを票数として示すことで反省を促したり、場合によっては選挙結果を覆すことも可能となります。
もっともこのような考えに対し「選挙制度を歪めるものだ」と批判の声も出るでしょう。しかし現状の選挙制度が問題を抱えていることは明らかであり、多くの国民が選挙の仕組みに不満を持っていることも事実です。代表制民主主義の健全性を保つためにも、意思決定を委ねる人物を選ぶ際に有権者の拒否権は担保されるべきではないでしょうか。
さらに「無投票当選」を回避するため、たとえ立候補届け出の締め切り時点で定数を超えていなくても選挙を実施し、得票数が拒否票数を上まわっていれば当選できる仕組みになるのが理想です。
「運用の工夫」でさらなる効果も
実施の際にはさまざまな運用方法も考えられます。すべての有権者が投票権と拒否権を各1票ずつ持ったり、あるいは投票実績3回につき拒否権1票が付与されたりするなど、運用法を調整することで投票率のさらなる向上にもつながることが期待できます。
問題はこれがすべて私個人の妄想に過ぎないこと。そう考えると悲しいのですが、それでもいつか拒否票が創設されることを私は心から願っています。